農村地域における
コミュニティ再生のための
実践的計画論に関する研究

NPO法人たんばぐみ(まちづくり部会)
横山 宜致
竹見 聖司
金野 幸雄

調査その2はこちら

はじめに

 理想とする都市像を描いて都市をその姿に導くという伝統的な都市計画手法に限界があることを都市計画の専門家は気づくようになった。阪神淡路大震災を契機とする市民の行動が都市計画の古き規範に疑問を投げかけたのである。都市計画によって都市が生き生きと甦るのではない。都市は、市民の生活と仕事の場であり、その活動を円滑に手助けするような計画論が求められたのである。都市計画家の関心は、都市を動かすアクターに向けられ、都市を構成するコミュニティに向けられるようになった。
ただし、こうしたアクターやコミュニティに関する研究は始まったばかりであり、まとまった研究成果が得られているとは言えない。現実の先進的なまちづくり活動やまちづくり事業が先行していて、研究がその後を追いかけているといった感がある。そして、こうした研究においては、伝統的な地縁型コミュニティの衰退、新しいテーマ型のコミュニティの台頭とその必要性、これらに伴う地域コミュニティの多様化、流動化といった図式で説明されることが多い。研究の対象も都市における新しいコミュニティの組織論、制度論などに向けられている。
さて、農村地域ではどうだろうか。農村地域では、一般に、耕作放棄地の増加や森林の荒廃等の問題が顕在化しており、農林業の振興、生活利便性の向上、地域空間や生活環境の保全、都市住民との交流などを推進していく必要があるとされている。そして、このような活動の中心となるのが集落や小学校区といった地縁型コミュニティであると考えられる。
しかし、農村地域がこれまで育んできた地縁型コミュニティもまた、農業の担い手の不足や高齢化、都市的なライフスタイルの流入、価値観の多様化等により変容し、弱体化が進んでいるのが実態である。即地的な区域に基づかない社会活動や趣味、会社といったテーマ型のコミュニティも無視することはできないし、インターネットで結びつくバーチャルなコミュニティも増殖していると言える。
このため、農村地域においても昔のような地域共同体としてのコミュニティをそのまま復活しようとすることは現実的ではない。従来の地縁型コミュニティを母体としながら、お互いに異なる価値観やライフスタイルを持っていても、緩やかなルールの下に、お互いが直接的に関わり合うような「仕組み」と「場」を創り出す方向でコミュニティの再生を進めていく必要があると考えられる。本研究は、こうしたコミュニティ再生のための計画(以下「里づくり計画」)について、その方法論、組織論等を検討し、農村地域活性化のための実践的計画論として提示しようとするものである。

1.既存の計画手法

 本研究では、コミュニティ再生に関する計画制度として、近年、全国各地の自治体で取り組みが進められている、いわゆる「まちづくり条例」に着目した。一般に、まちづくり条例は、生活環境や自然環境を保全するために開発行為等の規制を目的として定められたものが多いが、そのなかに、地区レベル(コミュニティ)を対象として、住民が主体となって計画づくりを行う制度を持つ条例が含まれているからである。
内海1)は、全国370のまちづくり条例を、その目的から「環境系」「景観系」「土地利用調整系」の3つに類型化している。そのうえで、まちづくり条例の近年の動向は、これらの目的を複合させる方向に、住民参加を前提とした積極的なまちづくり推進ツールとする方向に、つまりは総合的なまちづくりを目指す方向に展開していると述べている。
コミュニティ再生のために有効な、地区レベルの計画制度は、まさにそのような総合型のまちづくり条例のなかに見いだすことができる。ただし、全国的に見てもそのような総合型条例の制定数は少なく、さらには、その大半が都市地域を対象とした計画制度となっているため、本研究が対象とする「里づくり計画」の制度を持つ条例は、さほど多くないと考えられる。今回、文献等2)の調査により把握できた条例は11例(表1の1番〜11番)であった。これに篠山市条例(12番)と兵庫県条例(13番)を加えた13の条例を研究対象とした。

ここで、これらの条例の計画内容を比較考証するために、表2のようなフレームを用意した。このフレームでは、里づくり計画に盛り込まれると考えられる計画内容を6つのテーマと28の項目に区分している。そして、行政が行う規制等の意味合いが強いもの(保全型のテーマ)が上部に、住民が実施する里づくり活動の意味合いが強いもの(創出型のテーマ)が下部に位置するよう並べてある。
 そのうえで、表2では、研究対象とした13の条例の条文等をもとに、それぞれの条例が想定している計画内容を表示した。網掛けを付した項目は、地域レベルを対象とした計画項目を示している。そして、○△*の印を付した項目が地区レベルの計画項目として条例が想定している項目である(ただし、地区レベルの計画に定めるべき事項として「その他まちづくりのために必要な事項」といった条項が含まれているのが一般的であり、印のない項目についても計画項目とする余地が残されていることに留意が必要である)。
 この整理結果を見ると、まず、それぞれの条例によって計画項目の設定が実に多様であることが分かる。それぞれの地域の課題や問題意識から、創意工夫して制度設計が行われた事情が見て取れる。
これらの条例は、規制対象とする行為や規模もまちまちであり、許可制度に近いものから行政指導に近いものまでその担保力もさまざまである。また、今回の調査では、その運用状況や里づくり活動への支援状況について詳細な調査を行っていない。このため、これらの条例の計画制度としての有効性を一律に評価することはできない。ここでは、これらの条例が持つ地区レベルの計画制度に着目して、次のとおり類型化するに止めておく。

<1>開発規制型……2番、3番、5番、10番
・地域空間、生活環境の保全を図る目的から、地域レベルの計画制度で開発行為、建築行為等の規制について一定の基準を定めながら、地区レベルの計画制度により基準を詳細化、高質化することを意図している。
・従来、開発指導要綱で義務づけていた道路、公園等の設置についても規定している。
※従って、このタイプの条例の「施設整備」に関する項目の規定は、開発に伴う道路や公園の設置義務等を定めるものである(規制型)。
・なお、2番(秦野市)は法と同等の罰則を定めた先駆的条例として、3番(真鶴町)は独自の「美の基準」を持つ条例として、5番(穂高町)は土地利用調整のモデル条例として、10番(湯布院)は自治体による開発規制条例の先駆けとしてそれぞれ有名である。

<2>里づくり活動型……1番、4番、8番、9番
・開発行為、建築行為等の規制については地域レベルの計画制度で定めながら、地区レベルの計画制度により住民による里づくり活動の推進を意図している。
・計画項目について具体的な記述はないが、施設整備、環境保全、生活・文化、村おこしの分野で幅広い活動を期待しており、そのような活動に対する行政側の支援(技術的支援、資金的支援等)が明記されている。
※このタイプの条例の「施設整備」に関する項目の規定は、住民による道路や公園の整備・管理といった計画を定めるものである(活動型)。
<3>地区単独型……6番、7番
・地域レベルの計画制度を設けず、地区レベルの計画制度だけを設けている。
・6番(掛川市)では開発行為等の規制を、7番(大井川町)では里づくり活動の推進を意図しており、それぞれ類型(1)(2)の仲間と見ることもできる。
<4>地区総合型……11番
・類型(1)(2)の特徴を併せ持つ完成度の高い計画制度である。11番(神戸市)が該当する。

 以上によると、篠山市条例は類型<3>に、兵庫県条例は類型<1>に該当し、いずれも開発行為等の規制を主たる目的とする条例である。
また、表2には、里づくり計画の策定主体となる組織の形態を、それぞれの条例がどのように規定しているかを示してある。協議会形式(まちづくり協議会、里づくり協議会等)を採用している条例が多いが、その協議会の設立要件として一定の地区の住民、土地所有者等で構成されることを定めているため、地縁的組織を新たに設立することを想定していることになる。8番(小国町)、10番(湯布院町)のように策定主体となる組織の形態を定めていない条例も同様であり、6番(掛川市)、7番(大井川町)、9番(宮原町)のように策定主体は自治会であることを明示している条例もある。

2.丹波地域のコミュニティ

次に、丹波地域のコミュニティ形成の背景や特性を把握するために、その歴史的変遷を概観しておきたい。

(1)関西の集落形成の特徴
土地を最初に開墾して耕作する血縁集団を草分けと呼ぶが、古代、この草分けによって開墾が始まり、やがていくつかの血縁集団が集まり、定住し、地縁集団となっていく。そして、生産性の向上にむけた集団的な水利管理や土地利用のために、また治安確保のために関西特有の惣村(集落)が成立していったと考えられている。
惣は、自治組織を持った農民の地域的集団の総称である。特に早くから開墾が進み、大規模な荘園や公領の発達した畿内では、13世紀中ごろから地域を運営管理する惣庄が成立し、地頭や荘官に代わり地下請け(領主から課せられる年貢や公事を集落単位で請け負うこと)を行った。この惣庄の成立によって集落内の結合は一段と強められ、南北朝の内乱以後には、武士の覇権争いから自律する形で自治性の強い惣村が成立した。惣有地を保有し、灌漑水利や入会山を自主的に管理し、宮座、寄合(最高決議機関)といった組織を運営し、村掟を定め、年寄・大人・若衆といった年齢階梯集団を持っていた。いくつかの集落が集まった広域的連合組織を惣郷と称し、畿内の大半は惣村と広域的な惣郷の二重構造をもって運営された。このようにして、関西の農村集落が今日のような形で形成されたのは15〜16世紀頃であることが定説となっている。市史等の石高の伸びを見るとほぼ大半が戦国期までに確立されており、今日の家屋の立地場所は、農地水利を基本にほぼ戦国期までに固定化されていったと考えられる。
関西の集落は、群としてひとつの塊のように家屋が分布する塊村形態を特徴としている。集落の塊村化も惣村の展開と併行して進んだものであり、一般に、集落の出入り口には勧請縄やサイノ神を配置して集落の結界を表現し、集落内は門塀を有さずオープンなたたずまいとなっている(これに対し関東では独立した屋敷が散居状に分布する形態となる)。各所に入会地、辻、井戸端、路地、小詞、公民館などの「共用空間」が存在して人々のたまり場や情報交換の場となり、神社境内の開放的な空間は季節ごとの祭りや市、見世の場となった。このように集落空間では私権が支配的になることはなく、土地利用の緩やかな管理権と利用権が成立していたのである。
やがて惣は、徳川幕府による郷として近世の全国的な農村的秩序に移行していくこととなるが、近畿では300年にわたって培ってきた惣の村掟や寄合慣行などはそのまま存続し、その機能を保ちながら幕藩体制の庄屋、組頭、百姓代の体制として運営された。役職や肩書きよりも「寄合」を重視する関西の農村風土は、こうして生まれたのではないかと考えられる。江戸期の領主圏域は政治的な側面から必ずしも荘園領域と一致しないのであるが、伝統的な荘園領域が大字として明治期の町村制に活かされたのも、惣村を母体とする集落運営の伝統が大きく寄与しているといえる。(これに対し、関東では近世の領主支配の区域が町村制へと移行している。)

(2)集落コミュニティの現状
このようにして長い歴史を脈々と生き続けてきた集落コミュニティとは、日本社会・文化の基底をなすシステムであるとの印象を受ける。意思決定システム、利害調整システム、相互扶助システムなど、人々が暮らしていくうえで大切な「仕組み」が、そこには結晶しているように思われる。
 しかし、明治以降の日本は、一貫して工業化による近代国家の構築、つまり都市化に向かった。その思想は封建的なコミュニティからの開放であり、個人の自由を前提とした生活や労働のための社会づくり、空間づくりであった。効率的な都市基盤や産業基盤の整備、核家族のための住宅地の形成、大量消費のための商業地の形成などである。
都市化の波は農村地域にも押し寄せ、伝統的なコミュニティも変容を迫られることになった。農村地域においてはコミュニティが持つシステムは今でも色濃く残っているが、そのシステムは不自由さ、閉鎖的といった側面から疎まれ、排斥される傾向にある。
また、戦後の高度成長期を経て、周辺部から中心部への人口移動、農村地域から都市地域への人口流出が進み、農村地域は、既に高齢化社会、人口減少社会を迎えている。

(3)丹波地域のコミュニティの成り立ち
8世紀から始まる丹波の荘園は、ほとんどが寺社領荘園である(荘園に対し、国衙領を「保」、神社領を「御厨」と呼ぶが実質的には大きな差はない)。そして、水系をベースとする地勢(支流域等の空間的なまとまり=本研究では「ランドユニット」と呼ぶ)に対応した荘園が、ほぼ地域全体にわたって形成されたことが特徴となっている。総社を中心とした宮座慣行から守護の城址配置にいたるまで、およそ800年にわたってこの荘園領域が人々の活動の舞台となり続けてきたのである。近世以降も、惣村の自治運営手法は生活慣行として緩やかな形で継承されていることから、実質は千年にわたって荘園領域が日常の生活圏域として継承されていることとなる。    
表3に、丹波地域の水系、ランドユニットと荘園領域の関係、また、明治以降の行政領域の関係を整理した。地勢をベースとした空間単位が荘園領域を規定し、そのまま明治期の旧村領域(現在の「大字」の区域)に移行したことが分かる。
図4は、戦後の地域コミュニティの変化をみるために、旧村の世帯数の伸び、人口の伸びを示した散布図である3)。それぞれに世帯数・人口の伸び率は異なるが、いずれの村においても一様に核家族化や単身世帯化が進んでいることが分かる。


この図4をもとに、明治期の旧村を戦後の世帯数・人口の変化から表5に示す5つのグループに区分し、その結果を表3の「昭和」の欄にA〜Eとして示した。
Aは、世帯数は変わらない(伸び率0%前後)が人口の減少が著しい(伸び率△40%前後)グループである。「分離世帯が流出を続ける村」と大まかにイメージすることができる。Cは、世帯数の伸びが著しい(伸び率60%前後)が人口は変わらない(伸び率0%前後)グループである。「分離世帯が村内に留まる村」と大まかにイメージすることができる。Bはその中間のグループである5)。全44村のうち4割近くの17の村がグループAに属しており、表3から、その多くが周辺部の山間地域に位置する村であることが分かる。
 Dは、世帯数・人口ともに増加しているグループ(5村)であり、Eは特に増加が著しい1村である。表3を見ると、これらは全てランドユニットとしての「盆地」(丹波市における氷上盆地、篠山市における篠山盆地)に位置する村であり土地利用条件や交通条件などの有利さから戦後も成長を続けたものと考えられる。
 以上は旧村についてその世帯数・人口を整理したものであるが、集落単位で世帯数・人口を見れば、さらにばらつきがあると考えられる。例えば、グループAの数値よりも減少幅が大きな集落も存在していると考えられる。

3.事例調査

ここでは、丹波地域において里づくり計画を策定した、または策定中の地区を対象に、計画の内容、計画策定の動機、活動状況、推進組織等について整理し、里づくり計画のあり方について考察する。
調査は、計画書の分析調査と協議会役員、アドバイザー、行政職員等を対象としたヒアリング調査により行った。

(1)計画の内容
篠山市では、4町合併による新市発足(平成11年4月)とともに「緑豊かな里づくり条例」を施行し、住民主体の里づくり計画策定を進めている。これに先だって平成9年には、4町のひとつである丹南町において現在の市条例の前身となる町条例を施行しており、全国に先駆けて里づくり計画制度を運用してきた経緯がある。
さらに、篠山市を含む丹波地域においては、平成7年に、兵庫県が「緑豊かな地域環境の形成に関する条例」を施行している。1章において整理したように、市条例は地区レベルの計画制度を定めたものであるのに対し、県条例は、地域レベルの開発規制制度と地区レベルの計画制度を合わせ持つ制度となっている。また、市条例に基づく里づくり計画の策定主体が「里づくり協議会」であるのに対し、県条例の策定主体は「市町」となっている。このため、まず、市条例に基づき里づくり協議会が策定した「○○地区里づくり計画」を市長が認定、これを基に、市が「○○地区整備計画」を策定し、県条例の審議会に諮って知事が認定、といった手順を踏んでいる6)。
篠山市においては、これまでに表6に示す6地区において里づくり計画が策定されており、いずれも集落の区域を対象とした里づくり計画となっている。なお、丹波市においては、県条例に基づく計画策定事例が1例(石生地区)あるが、これは区画整理事業と合わせた「まち」づくり型の計画であるため、本研究の対象としていない。

表7は、1章で用意したフレームも用いてそれぞれの里づくり計画の内容を整理したものであり、各地区の計画内容を精査して該当項目に○印を付している。同表には、合わせて市条例、県条例が想定している計画項目を示し、地区名は策定時期が古いものから順に左から右へと並べてある。
1章で整理したように、市条例、県条例は開発規制を主たる目的としており、本来は土地利用や景観形成に関する「規制」や環境「保全」に関する計画が策定されることを里づくり計画に期待している。表7によると、初期に策定された野中地区、北野新田地区の計画では、ほぼ市条例、県条例が想定している計画項目に沿って計画が策定されているのに対し、平成14年以降に策定された計画では、市条例、県条例が想定している計画項目をカバーしながら、条例が本来は想定していない里づくり「活動」に関する計画項目についても広く計画対象としていることが分かる。「施設整備」に関する計画内容を見ても、開発に伴う道路や公園の確保といった「規制」型の計画ではなく、散策路や親水公園などの整備について具体的に記述した「創出」型の計画となっている。
これも1章で触れたように、一般に、まちづくり条例の計画項目には「その他まちづくりのために必要な事項」といった条項が含まれているため、このような「活動」「創出」型の計画を盛り込むことは不可能ではない。しかし、これほど多岐に渡る計画が盛り込まれるとなると、制度の想定していた枠を越えて運用されていると見るべきであろう。そして、コミュニティ再生のためには里づくり計画は豊かであるべきであり、むしろこのような逸脱は歓迎されるべきであろう。表7によると、このような流れをつくる先例となったのは、平成14年に策定された日置地区の里づくり計画である。地区住民の地区に寄せる夢や熱い想いがあって、ごく自然に枠を乗り越えていったのであろうと推察できる。

(2)計画策定の動機、活動状況等
計画書では読みとれない計画策定の動機や苦労話を直接把握するため、4集落についてヒアリング調査を実施した。4集落は篠山市から2集落(平成16年に里づくり計画を策定した野間地区と乗竹地区)、丹波市から2集落(里づくり計画の策定作業を進めている多田地区、東芦田地区)を選定した。また、里づくり計画による集落活性化を広く普及することを目的に、丹波地域ビジョン委員会と協力して、次のとおり、この4地区をパネラーとするフォーラムを企画・開催した。

名称:「まちづくりフォーラムinたんば」
〜まちづくりがドラマになった〜
日時:平成16年12月5日(日)13:20〜
場所:篠山市民センター多目的ホール
内容:各地区の活動報告、里づくり計画についての意見交換
主催:丹波地域ビジョン委員会「丹波のことは自分たちで決める分科会」、NPO法人たんばぐみ
参加者:約120名

表8は、ヒアリング調査とフォーラムにおいて把握した内容を整理したものである。
「計画策定の動機や目的」としては、高齢化への対応、生活環境の保全、土地利用調整の必要性、将来への不安、集落の活性化といったことが共通項として読みとれる。表には記載しなかったが、行政からの働きかけがきっかけとなっていることも共通しており、動機(不安や夢)を持っている地区に行政がきっかけを与える(具体的な手法・制度を提示して働きかける)ことで計画づくりが動き出す、との図式が成立していると考えられる。
「活動内容」は、地区によって多様・多彩であり、バラエティに富んでいる。これらの活動内容は、表7の「活動」「創出」型に該当するものであり、それぞれの地区の特徴を生かしながら生き生きとした活動が展開されている様子が想像できる。
「成功の秘訣」では、リーダーやスタッフの存在、自ら行動する主体性、住民のまとまりと情報の共有化など、どの地区も人材や組織の重要性を強調している。

(3)推進組織
 表7に整理した篠山市の里づくり計画では、各地区とも、その推進組織は「里づくり協議会」となっている。これは、市条例が里づくり協議会を組織化するよう規定しているためである。これまでは集落を単位として計画策定が行われたため、集落には、自治会と里づくり協議会が並立する形態となっている。
 一方、丹波市においては、県条例に基づいて里づくり計画を策定することになるが、県条例では推進組織の形態を規定していないため、里づくり協議会によることもできるし、自治会が直接に推進組織となることもできる。例えば、上の(2)においてヒアリング調査を実施した多田地区では、自治会と里づくり協議会を並立させる形態ではなく、自治会の付属機関として「里づくり委員会」を設置する形態を採用している。これは、里づくり計画の策定等に関する意志決定はあくまで既存の自治会組織において行おうとするものであり、集落の決定機関の一元化を意図しているとのことであった。
 また、多田地区(98世帯、413人)では、「多田区全域を里山と位置づけ、その自然環境や生活環境を守り、育てること、区民及び会員相互の親睦を図ること」を目的に、「保月の里・里山づくりボランティア会」を設置している。ボランティア会の12グループ(草花管理・植裁、昆虫飼育、樹木名札づくり、間伐、下刈り・草刈、枝打ち、樹木の植裁、植物マップの作成、広報、土木、木工、水質検査)に延べ142名が登録しており、それぞれの会員が能力や適性を生かして里づくり活動に参加する仕組みになっている。
 既存の自治会=基礎集団=地縁型コミュニティを土台としながら、隣保、婦人会、青年団、老人会、消防団といった既存の下部組織とは異なる「委員会」や「ボランティア会」といったテーマ型で緩やかな機能集団を組み込む多田地区の組織づくりは、農村地域における新しいコミュニティのあり方として示唆に富んでいると言える。

4.里づくり計画制度の望ましいあり方

 ここまで1章では里づくり計画制度について、2章ではコミュニティの歴史的変遷について、3章では里づくり計画の実施事例について客観的な事実に基づく調査・分析を試みた。本章では、たんばぐみがこれまで集落支援に取り組んできた7)ことで得た知見も交えながら、コミュニティ再生のための里づくり計画制度についていくつかの視点から考察し、その望ましいあり方を提言したい

(1)里づくり計画制度の必要性と有効性
里づくり計画制度の必要性やコミュニティ再生のための有効性が既に実証されている訳ではない。制度そのものの歴史が浅く、現時点で軽々に評価することは避けなければならない。法令に基づく計画制度に頼らなくてもコミュニティ再生や地域の活性化に取り組むことは可能であろうし、特に里づくり活動の分野では実際に多くの活動事例が存在している。
そもそも、法令に基づく制度であれ、任意の制度であれ、現在の計画制度は必ずしもコミュニティの再生を目的として設けられたものではない。これまで行政の開発審査部局や景観部局、農村整備部局、住民活動部局などがそれぞれの分野の施策として制度を設け、運用してきた経緯がある。そして制度運用による開発行為等の規制や里づくり事業の実施に主眼があり、計画づくりは軽視されがちであった。
住民サイドに立ち、コミュニティ再生のためのツールとして活用しようとするのであれば、横断的、総合的な内容が取り扱えるようにすること、計画プロセスを重視することが大切になる。開発規制を目的とするものであれ、里づくり活動を目的とするものであれ、地区の住民が頻繁に寄り合って、自分たちの地区について学習し、考え、将来像を描き、共有することは、それだけでコミュニティを活性化する効果を有しているものである。そして、このような計画制度が法令に基づく制度として担保力を持ち、広く地域に認知されることが好ましいと考えられる。

(2)里づくり計画の内容
里づくり計画制度は、住民が自ら開発等のルールづくりを行う「開発規制型」と、住民が主体となって地区の事業を行う「里づくり活動型」に大別できる。丹波地域で施行されている篠山市条例、兵庫県条例は「開発規制型」の計画制度にあたる(1章)。
土地利用調整、景観形成といった開発規制型の計画分野は、集落空間を保全し、質を高めるために必要な基本的な計画分野であり、法令による担保力の発揮という意味で計画制度らしい計画分野である。しかし、計画策定後は地区住民が受け身の立場になるという特質を持っている。特に、開発圧力の低い地区では、せっかく地区住民が頻繁に集まって計画を策定しても、その後はほぼ休眠状態になるのが実態である。
これに対し、里づくり活動型の計画分野は、計画策定後においても住民の能動的な活動につながるという特質を持っている。一般に、里づくり活動を実践することは新しい里づくり計画を発案することにつながるので、里づくりが前へ前へと転がっていく事態となる。開発規制型の計画は守備的であるのに対し、里づくり活動型は攻撃的である。
丹波地域においては中心部における人口増(または人口維持)と周辺部における人口減少という二極化が進行しており(2章)、こうした周辺部の集落において住民主体による活性化が求められていることを勘案すると、現在の守備的=「開発規制型」の計画分野だけではなく、攻撃型=「里づくり活動型」の計画分野をも付加した「総合型」の計画制度へと拡充することが望まれる。なお、近年策定された里づくり計画を見ると、市条例、県条例が想定している開発規制型の計画のほか、里づくり活動型の多様な計画が盛り込まれるようになってきており(3章)、実際の制度運用は、既に「総合型」へと移行しつつあると言える。

(3)里づくりへのアプローチ
事例調査においてヒアリング調査の対象とした4集落は、それぞれに独自のアプローチで里づくりに取り組んでいると見受けられる。野間地区は「地区全体のマネージメント」の視点から、乗竹地区は「人の集まる場づくり」の視点から、多田地区は「ボランティア活動から始める」手法で、東芦田は「行動重視のプロセスプラニング」の手法で里づくりにアプローチしている8)(3章)。
今回の多田地区や東芦田地区のように、もともと里づくり活動を実践していて、その延長線上で総合的な里づくり計画の検討へと向かう事例も今後増えることが想定される。開発圧力の低い地区では開発規制の必要性があまり認識されておらず、逆に里づくり活動による活性化については合意が得られやすいと考えられるからである(実際、この両地区はグループA(2章)に属する集落である)。
これらのことから、それぞれの地区の実状に応じて必要な計画項目だけを選択して計画策定できる制度、どこからでも里づくり計画に入っていけるようなオープンな制度となるよう制度設計することが望まれる。

(4)里づくり計画の区域
丹波地域の里づくり計画は6地区全てが集落を単位として(集落の区域を対象として)策定されている。また、現在検討中の地区も同様である(3章)。伝統的な集落コミュニティが色濃く残っており(2章)、集落区域と異なる区域設定は考えにくいのが実態である。
ただし、里づくりにはリーダーやスタッフといった一定の人材が必要(3章)であるため、人口減少が進み、単独では活動が困難な集落では、今後、旧村(小学校区)などを単位とした集落連携を図るケースも出てくると考えられる。

(5)里づくりの推進組織
里づくり計画の策定主体として里づくり協議会等の設立を求めている条例が多いが、策定主体は自治会とする条例、策定主体の組織形態には触れていない条例もある。ただし、何れにしても地区住民等で構成される地縁的組織が想定されている(1章)。
都市地域におけるまちづくり協議会においても事情は同じである。ある特定の空間を対象として地区計画等のルールや事業計画の策定、イベントの開催等を実施しようとすると地縁的な人々の集まりが推進組織のベースとならざるを得ない。都市地域で発案されたまちづくり協議会という組織形態がまずあって、全国各地における里づくり計画制度の制度設計にあたって、こうした協議会方式が援用されたのではないかと考えられる。
しかし、都市地域におけるコミュニティ再構築の手法である協議会方式を、コミュニティが色濃く残っている農村地域にそのまま適用することには疑問が残る。上の(4)で述べたように、通常は里づくり計画の区域は集落の区域と同じであることから、同じ地区に2つの意志決定機関が設けられることになり、かえってコミュニティに混乱が生じるのではないだろうか9)。丹波市多田地区のように、自治会の附属機関として計画検討を行う「里づくり委員会」を置き、意志決定はあくまで自治会の総会や役員会で行う方式がコミュニティ再生の観点からも好ましく、丹波地域には適していると考えられる(3章)。

(6)行政の支援
まちづくり条例には、一般に、自治体が推進組織に対して支援を実施する旨の規定がある。里づくり活動型の条例では、財政的な支援を行うことを明示し(1章)、各地区の活動資金に対する助成金(数万円程度)のほか、広場整備、遊歩道整備、緑化、花づくり、イベントなどの里づくり事業に対して助成金(一般に数10万円〜100万円程度)を交付している。
丹波地域においても様々な支援制度があり、里づくり計画策定については、ひょうごまちづくりセンターの「まちづくり支援事業」(アドバイザー派遣25万円上限、コンサルタント派遣150万円上限)などの支援を受けることができる。また、自治会等が実施する里づくり活動については、兵庫県の「地域づくり活動応援(パワーアップ)事業」(表9)の支援を受けることができる。この事業は、参画と協働による地域づくり活動を支援するもので、助成対象となる活動が限定されておらず、幅広い活動分野において助成を受けることができることから、里づくり計画に位置づけた里づくり活動の展開に適した事業である。
このほかにも、国の各省庁の補助制度、県の各部局の補助制度、各市町の支援制度などがあるが、住民サイドから見れば、これらが里づくり支援事業として使いやすい形に一元化されることが望ましい。

なお、パワーアップ事業と同種の事業で注目に値するのが米国シアトル市の近隣マッチングファンド・プログラムである(表9)。このプログラムでは、助成額にマッチする(匹敵する)ボランティア労働や自己資金を提供することを要件としているのであるが、これは、参画と協働という理念を具体的な形式にしたものと考えることができる。制度設計にあたっては、施策の意味をこのような分かりやすい形で表現する工夫も大切である。

(7)NPOの役割
地区の住民が、自らの集落が置かれている状況に危機感を覚え、あるいは良好な生活環境の創出の必要性を感じて「里づくり」を発願しても、地区の住民は実際にそれを実行するためのノウハウやツールを持ち合わせている訳ではない。このため、計画制度について説明することで進むべき道筋を示したうえで計画策定や活動展開をサポートしていくコーディネーターや専門家の存在が不可欠である。丹波地域においては、これまでは行政職員が自らその役割を果たして集落の掘り起こしに動いたり、計画策定をサポートする専門家を派遣することで制度の普及を図ってきたのが実態である(3章)。
しかし、行政による普及啓発だけに頼っていたのでは、里づくり計画制度による集落活性化を大きな住民運動として育てることは難しい。地域に根ざしたNPOが、独自の地域ネットワークや情報発信機能を活用してコーディネーターや専門家として協働することが期待される。NPOにとっても、もともと手がけている農業振興、多自然居住、都市交流、企画イベント等の事業とのシナジーも期待できる。

(8)まとめ(提言)
以上から、里づくり計画制度が備えるべき要件は次のとおりである。コミュニティの再生、集落の活性化を進めるためには、このような事項に配慮して制度設計し、制度運用することを推奨したい。
【里づくり計画制度の望ましい姿】
〜地区のことは自分たちで決める仕組みになっている〜
○計画の自由度が高く、多様な計画ニーズに対応できる
・幅広い計画項目が設定されている
・必要な項目だけを選択して計画を策定できる
・自治会、連合自治会、里づくり協議会など様々な地縁的組織が推進主体となれる
○支援事業と一体になっている
・里づくり計画策定に対してアドバイザー派遣等により支援する
・里づくり計画に基づく活動、事業に対して財政的支援を行う
○計画制度が地域に根付いている
・土地利用や景観に関する基本的ルールが地域レベルの計画に定められている
・行政、住民、NPOなどの多様な主体が関わっている
・計画制度が広く認知され、地域づくり、集落づくりの運動として展開されている
※これらのことを表2の「提言」欄に表現した

おわりに

 たんばぐみでは、丹波県民局、篠山市、丹波市と協働して、2年前から里づくり支援に取り組んできた。そして、こうした住民による自主的な活動の実践を通じてこそコミュニティがいきいきと再生することを実感している。
本研究は、これまでの支援活動の成果を振り返り、今後の支援活動に生かすために行ったものである(研究の一環として開催したフォーラムも同じことを意図している)。里づくり支援については、NPOとしての実践とともに実践のための理論構築も重要である。つまり、最後にまとめた提言は、まずは自分たちに向けたものであり、この提言のような制度運用を意識しながら、今後も里づくりの支援活動に取り組んでいきたい。
なお、都市地域のコミュニティは農村コミュニティが原型であり、ここで論じたことの多くは、都市地域においてもそのまま適用できると考えている。
本研究を進めるにあたっては、中瀬勲氏(兵庫県立人と自然の博物館副館長)、大方潤一郎氏(東京大学工学部都市工学科教授)に多くの助言、協力をいただいた。ここに記して感謝の意を表したい。


1)『地方分権時代のまちづくり条例』第3章、学芸出版社1999
2)『土地利用計画とまちづくり』学芸出版社1997、『まちづくり条例データベース』まちづくり条例研究センターHP、上掲書1)など
3)昭和25年のデータが得られなかった西紀町は昭和30年、丹南町は昭和40年のデータで代用している。
4)丹波地域全体の世帯当たり人数は、昭和25年で4.89、平成17年で3.07となっている。
5)当然、実際には世帯分離と関係しない流入や流出も含まれており、それらのバランスもあってこのような数値になっているのであるが、ここでは、あくまで大まかなイメージとして捉えている。
6)県条例に基づく認定の意味は、開発規制における基準適用等に齟齬を生じさせないことにあるが、このように2重の認定手続きが必要となることは制度上好ましくない。市条例に基づく里づくり計画については県条例においても自動的に認定されるように制度改正が求められる。
7)たんばぐみでは、これまで下表の里(まち)づくり支援を実施している。

8)フォーラムにおける中瀬勲氏(兵庫県立人と自然の博物館副館長)のコメントから引用した。
9)条例で里づくり協議会設置を定めている篠山市では、自治会の幹部が協議会の幹部を兼務することでこのような問題を回避する動きが見られる。
10)兵庫県事業については兵庫県HPから、シアトル市事業についてはNPO法人神戸まちづくり研究所HP「シアトルまちづくりとマッチング・ファンド」から抜粋・要約した。

参考文献
長谷山俊郎(2002)「活力ある農村コミュニティ住区の形成方策」独立行政法人農業工学研究所HP
国土庁大都市圏整備局(2000)「生活者の視点から捉えた近畿圏の将来ビジョンに関する調査報告書」
兵庫県県民政策部(2005)「人口減少社会の展望研究報告書」

 

             
 
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